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分析の目的は、指導者のバイアスを取り除くこと。イングランドの過ちに学ぶ、分析の捉え方

バスケットボール指導者やアナリストの方々に、映像分析へのさらなる理解を深めていただくことを目的に開催した「Hudl Tip-Off」。Hudl Japan公式noteでは、いくつかのセッションをピックアップしてバーチャル講義の内容をお届けします。

第1回となる今回のテーマは、「アナリティクス(分析)とは何なのか」。スタッツとの違いなど、映像分析を進める上での基本的な整理について。さらに、サッカーイングランド代表での誤った分析事例、そもそも分析をするべき理由などについてお伝えしていきます。

<今回のスピーカー>
Jordan Sperber氏

バスケットボールに特化した分析ノウハウを提供するプラットフォーム「Hoop Vision」の創業者・現代表。起業前は、米大学バスケットボール界で3年間指導者として活動。アシスタントコーチや分析コーディネーターなど、様々な立場でキャリアを積む。裏方の分析に加え、直接選手に指導してきた経験から、現場でのコーチングに活きる分析の捉え方について解説している。

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「アナリティクス(分析)」「スタッツ」とは何なのか?

そもそも、アナリティクス(分析)とは何なのでしょうか?

例えばバスケットボールでは、「スリーポイントシュートの成功率を上げるために数値を活用すること」だと思う人も多いでしょう。最終的にシュートを決めなければ勝ちには繋がらないので、重要な要素ではあります。分析において最も頻繁に登場する数値とも言えるでしょう。

ですが、シュート成功率は映像分析におけるほんの一部の数値に過ぎません。

スポーツにおける映像分析は幅広く、注目すべき数値や見方がたくさんあります。私が考える映像分析の定義は、「分析」を幅広く捉えて「asking and answering questions with data(質問に対して、データで答えること)」です。

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では、スタッツとアナリティクスの違いは何なのでしょうか?

私がよく出す例があります。
「17点差で勝った」というスタッツは、紛れもなく事実です。数え間違いでもしていない限り、変えられません。さらに噛み砕けば、合計得点17点は「1ポゼッションで平均1.2点とった」結果だと表現できます。

上記2つの数値情報は、この時点では単なる事実にすぎません。2つを「問いに答えるための情報」に変えていくのが、アナリティクスです。


指導者にとって、得点差は“面白くない”情報です。スコアボードを見れば誰でもすぐに答えられます。指導者が答えられるべきなのは、もっと複雑な質問です。

「何点差でこの試合に勝ったのか」ではなく、「なぜこの試合に17点差で勝つことができたのか?」が向き合うべき質問です。具体的に何が良かったのか、何が悪かったのか?次の試合でも勝つために求められていることは何か?

アナリティクスは、事実である「17得点」相当もしくはそれ以上のパフォーマンスを発揮するためにあります。自チームや他チームのデータを活用し、上記のような複雑な問いに答え現場での指導に落とし込んでいくものです。


1980年代のサッカーイングランド代表を導いた、“誤った”分析

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捉え方を間違えると、誤った戦術を取り入れることにもなります。1980年代のイングランドサッカー界で起こった事例を紹介します。

これは、2016年10月にスポーツメディア 「FiveThirtyEight」で公開された記事です。タイトルは、「一人の男の誤った分析が、どのようにイングランドサッカーを何十年も崩壊させたのか」。


彼は、当時サッカーの分析家として名が知られていたチャールズ・リープ氏。「サッカーにおけるほとんどのシュートは、1〜3回以内のパスでゴールにたどり着いている」という分析結果を出したんです。

彼の発言に、イングランドのサッカーは大きく影響されました。1980年代にウィンブルドンF.C.で取り入れられ、その後イングランド代表チームの指導陣から共感され、代表レベルでも実践されました。

当時のイングランド代表は、とにかくロングパスで敵陣にボールを送り、なるべく早くゴールへ向かうサッカーを目指していました。


でも、冷静に考えてみてください。そもそも1回のポゼッションで3回のパスに至る確率はかなり高いです。逆に、23回ものパスが続く可能性は低いです。サッカーは攻守が素早く切り替わる競技であるため、そもそも数回のパスで切り替わる可能性が高いんです。

当然、ほとんどのシュートが数回のパスから生まれていることになります。だからといって、「数回のパスでゴールに辿り着くこと」がシュートの成功率を上げることには繋がりません。

バスケットボールでも、似たような誤った捉え方をしてしまう可能性があると思います。

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上のグラフは、残り時間(横軸)とフリースローに至った確率(%・縦軸)をグラフにしたものです。

残り時間がわずかな時間帯でフリースローになる確率が跳ね上がるのは、試合終盤にインテンショナルファウル(意図的なファウル)が増えるからです。負けているチームが、ファウルを覚悟してでも相手を止めようとします。シュートを決められて2点取られるくらいなら、フリースローの1点で抑えた方が良いという判断です。

もし、バスケットボールのファウルに関するルールを知らなければ...?勝っているチームがわざとファウルを取られにいき、フリースローを狙いにいくかもしれません。極端な例ですが、正しい分析をするためには正確な競技理解が不可欠だとわかりますよね。


分析の目的は、効率化+指導者バイアスを取り払うこと

間違った戦術作りをしてしまうリスクがありながらも、なぜ分析に取り組むべきなのでしょうか?

理由は簡単です。1日には24時間しかなく、我々が直接試合の映像を見れる時間は限られているからです。


例えば私が指導していたアメリカの大学バスケットボールリーグに所属していたチーム数は、350チームでした。どう頑張っても、1シーズンで350チームの映像を見ることはできません。

エーススリーポイントシューターの試合動画を全て見て、彼の何が良いのかを分析するのもひとつの手です。でもデータさえ見れば、彼がどの位置からどの時間帯にどのくらいの確率でシュートを決めているのかが把握できます。映像を見なくとも試合を見るのと同じ情報を吸収できるんです。

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より正確で、勝利に繋がる判断ができるというのも分析をするメリットです。

どの競技でも、指導者は臨機応変の判断が求められます。人間が行なう判断なので、バイアスがかかってしまうことも少なくありません。客観的な判断を下すために役立つのが分析です。

よくある判断方法として、「いつもこのやり方でやってきた」という伝統に固執してしまうケースが見られます。スポーツの場面では特によく聞くフレーズでもあります。

指導者が、「わかりやすく、試合をコントロールしている感覚が欲しい」ことも判断に影響を及ぼしかねません。最初にバスケットボールの分析においてスリーポイントシュートが注目されたのも、結果が目に見えてわかりやすいからだと思います。試合の流れが悪くなると、「とにかくシュート本数を増やせ」という指導が典型例でしょう。

また、多くの指導者が勝つために“賭ける”選択よりも損失回避を選びます。アメリカンフットボールでよく見ます。4thダウンでギャンブルをしないところですね(※)。リスクを選ぶことで、試合が早く終わってしまったり、失敗すればさらなるピンチに追い込まれるかもしれません。でも賭けることで勝機があるのなら、ギャンブルをするべき場面もきっとあると思います。

(※アメリカンフットボールは、一度オフェンスになると4回の攻撃権が与えられます。4回目の攻撃を4thダウンと言い、オフェンスチームは4回目の攻撃権を行使する(ギャンブルする)か、その地点からキックを行ないできるだけ自陣から遠いところから相手の攻撃を始めさせることができます。)


このようにさまざまバイアスがありますが、正しい分析データを活用すれば今何が最善の選択なのかを見極めることができます。感情に左右されてしまう指導から、少しでも脱却できるのかなと。


ただ、「経験がものを言わない」ということではありません。データと経験をうまく掛け合わせて戦術に落とし込むことこそ、指導者に求められているところです。とても難しいことですが、経験に頼る指導ではなく、客観的に分析したデータも踏まえて考えられる指導者が理想の指導者像なのだと考えています。

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