クラブには、選手を探す余裕がない。ビッグデータで現場を救う画期的サービス「DePosta」
Hudlでは、世界最大級のサッカーのデータベース『Wyscout』やバスケットボールのデータベース『Hudl Instat』を展開しています。このWyscoutやInstatのAPIを活用してサービスを開発している日本唯一のスタートアップ企業が、SportMeme株式会社です。
SportMeme株式会社では、選手のパフォーマンス評価と新戦力獲得のためのデータ分析サービス「DePosta」を開発・提供しており、これらのデータを活用することで、精度の高い分析を実現しています。
今回は、代表取締役CEO長野遼太(ながの・りょうた)さん、CTO 中村祥有(なかむら・しょうゆう)さんに、導入に至った経緯やサービスを通して目指す世界観について伺いました。
エージェントが紹介する選手の適正価格を瞬時に算出
ーまず、SportMeme株式会社の事業内容について教えてください。
長野:弊社はスポーツ選手のパフォーマンス評価に関する研究を進めており、その成果を活用して事業を展開しています。
具体的な研究内容は、選手個人の評価に焦点を当てた「Player Impact Metrics」と、選手同士の相性評価に焦点を当てた「Player Interaction Metrics」の二つです。これらの研究結果をもとに、選手のデータ分析サービス「DePosta」を開発・提供しています。
ー「DePosta」の活用によって、クラブのリクルーティング業務が改善されると伺っています。なぜリクルーティング領域に狙いを定めたのでしょうか。
長野:実は選手を獲得するにあたって、クラブは多くの課題に直面しています。これは一例ですが、あるクラブにはエージェントから年間1000人を超える選手リストが提供されるものの、付随するデータはわずかな情報とハイライト映像のみ。仮にその選手の価値が5000万円と言われたとしても、クラブ側にはその評価の妥当性を判断する術がないんです。
とはいえ、選手獲得において選択を誤ることは許されません。リクルーティングの成否は勝率に直接影響を与えますし、もし勝率が低下すればクラブの収益にも悪影響を及ぼします。
つまり絶対に失敗ができないという大きなプレッシャーの中、GMや編成責任者は日々のリクルーティング業務に取り組んでいます。さらに責任だけでなく、業務量も尋常ではありません。時間をかけて映像をチェックしたり、パフォーマンスが価格相当かを見極めたり、さらにはチームにフィットするかを考えたり……。検証に多大な時間と労力を要するため、寝る暇もないくらい忙しいという話を現場の方からは伺っています。
ー想像以上に現場の負担が大きそうですね。では「DePosta」の活用によって、リクルーティング業務に従事する方にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
長野:我々のサービスを使うことで、エージェントから紹介される選手のパフォーマンスの期待値や適正な価格が瞬時に算出できます。さらにはチームとの相性も可視化できるため、先ほど挙げた課題の部分的な解決と業務効率化に貢献できるのではないかと考えています。
ー業務改善の他に、リクルーティング領域で開発を検討されている機能はありますか?
長野:弊社独自の評価指標を元にした外国籍選手の検索機能の実装を検討しています。現状、クラブ側はエージェントを通じてしか外国籍選手と接点を持つことができません。単純に選手を探す時間や余裕がないんです。
しかし、世界には多くの優秀な選手がいます。将来的には、より多くの選択肢の中からチームに合う選手を選ぶことができるよう、クラブが能動的に選手を検索できる機能の開発を目指しています。
ーGMや編成責任者の方々にとっては必要不可欠なプロダクトになりそうですね。
長野:彼らにとってそう思われるプロダクトになるのは本望です。我々としては、選手獲得フローの上流プロセスである選手発掘や初期段階での選別など、現時点では人力に頼らざるをを得ない領域をDX化することで、クラブを手助けしたいと考えています。
ー既に「DePosta」を導入しているクラブはありますか?
長野:現在、Bリーグの一つのクラブで導入いただいています。23年12月までは独占契約を結んでいるので、他クラブへの提供は来年以降を予定しています。現在は、より多くのクラブへの提供を見据えてプロダクトの改善に取り組んでいる最中です。
HudlやSportscodeと一緒に使うことで効果が最大化
ー「DePosta」の開発に、Hudl社のAPIを導入したきっかけを教えてください。
中村:以前はデータ収集のためにクラブのWebページをスクレイピングしていましたが、世界中のクラブでそれを行えば、膨大な時間とコストがかかります。さらに取得先のWebページに仕様変更があれば、その都度開発が必要になるなど、自分たちで情報を集めるのは現実的ではありません。
そういった事情もあり、APIを導入するに至りました。生産性も上がりましたし、データの品質も保証されているのでとてもありがたいです。
ーデータ量はいかがですか?
中村:カバレッジが広いです。その全てのデータを同じAPIで取得できるのは非常に助かります。
今後はリクルーティングに留まらず、マネジメント全般のワークフローをインテグレーションするような機能も開発中です。例えば、弊社の選手評価データを使えば、編成したチームでどれくらいの勝率を見込めるかを予測することが可能になります。
予算と勝率には相関が見られるため、仮に勝率5割が妥当な予算しか与えられていないなかで、勝率6割を見込めるチームを編成出来ていれば、GMや編成責任者の仕事が十分に達成されていると評価することできます。
さらに勝率6割が見込めるチームで、シーズンの結果が勝率が7割であったとしたら、それはヘッドコーチや選手の成長によるものだと評価することができます。
ーその機能もクラブにとっては強力な武器になりそうですね。
長野:僕たちが提供するサービスはあくまでマネジメント側の意思決定を支援するための抽象度の高いデータになります。現場側がHudlやSportscodeなどの具体性の高いデータを併せて活用することで、我々のサービスの効果を最大限に発揮できると考えているので、どちらか一方ではなく両方のツールを使いこなすことが重要だと思っています。
選手の本当のパフォーマンスが分かる「得失点貢献度」
ー長野さんがこの事業を始めたきっかけを教えてください。
長野:まだ会社勤めをしていたとき、休日を利用してスポーツアナリティクス関連のイベントによく顔を出していたんです。当時は「ゴール期待値(Expected Goal = xG)」という新しい指標が出たばかりで、その有効性について活発に議論が行われていました。
そういった光景を目にする中で「そもそも選手の評価指標って全然イケてないのでは?」と課題を再認識したんです。実際、自分もスポーツをやっていたときに、データでの評価にあまり納得感を持てませんでした。そのデータでは分からないことが沢山あるのに……とは思うものの、上手く説明できなかったんです。
そんな苦い経験もよみがえって、選手の評価指標はもっとアップデートされるべきだと改めて感じました。より正確な評価指標があれば、過小評価されている選手たちも正当な評価を受けられますし、スポーツの面白さがさらに増すのでは?と思い、まずは1回、僕たちで評価指標を作ってみようと考えたんです。それが今の事業活動に繋がっています。
ー実体験がベースになっているのですね。中村さんは最初に今の話を聞いていかがでしたか?
中村:元々長野とは会社の同期で、話を聞いたときは純粋に面白そうだなと思いました。自分も長年サッカーをしていたので、選手のパフォーマンスを定量的に評価することの難しさは分かっていましたし、その領域に対して、機械学習やITを駆使してアプローチするのは興味深いなと。現実世界では、映画「マネーボール」のような取り組みがいまだ実現していないこともあり、長野の挑戦には大きな魅力を感じました。
ー実際、選手をどのように評価されているか教えていただけますか?
長野:特定の選手がどの程度チームに貢献しているのかを「得失点貢献度」という指標を用いて評価しています。チームにとって勝利が明確な一つの目的であると考えた時、得点を取ることと失点を抑えることが、選手に求められるパフォーマンスだと考え、このような指標を採用しました。
ー「得失点貢献度」について研究を進められている中で、新しい気付きや発見などはありましたか?
長野:筑波大学蹴球部と共同で行った実験から、運動量の多さとパフォーマンスが単純に比例しないことが分かってきました。具体的な実験結果としては、プロ入りした選手とそうでない選手のプレーを比べたところ、ドリブル成功数が多い選手や短距離走が速い選手の方がプロに進む傾向が高いことが明らかになりました。ちなみに筑波大学の小井土監督から伺った話ですが、三笘選手は大学時代から20m走が速かったようです。
傾向分析をすることは、ハイパフォーマンスの要因を探る上で一つのきっかけになりますし、分析すべきシーンも特定できます。また、分析することで「こういった局面で足の速さが活きるからパフォーマンスが良いのではないか」といった仮説も立てられますし、練習メニューに落とし込むことで選手の育成にも繋がると考えています。
ー将来的には、現場でもそのような分析ができるようになるのでしょうか?
長野:どのようなデータを取り込んでも分析ができる仕組みを開発中です。あくまでイメージですが、Sportscodeのデータを入力することで、特定の選手の好調時と不調時のパフォーマンス比較が簡単にできるといったものを作りたいと思っています。こういったプロダクトを提供することで、スポーツ界のビッグデータ活用に貢献できれば嬉しいです。
ー最後に、今後の展望を教えてください。
長野:プロスポーツの現場で起きている課題は、元を辿れば選手の評価が適切にできていないことに起因しているものが多いと感じています。評価基準が曖昧で共通言語がないため、様々な問題が生まれているのだろうなと。簡単なことではありませんが、選手のパフォーマンスを正確に評価できるサービスを提供することで、スポーツ界の課題解決に貢献していければと思っています。
中村:スポーツ業界では「選手の適切な評価が難しい」という課題が依然としてあり、それによって困っている人がいると思うんです。自分のプレースタイルに合わないチームにいることで実力を発揮できない選手や、高い移籍金を払って獲得した選手がチームにフィットせず経済的に困窮してしまったクラブなど。これらの事情で引退する選手や、倒産するクラブも存在するので、一人でも多くの人をITの力で救うことが我々の役目だと思っています。最終的には、スポーツに関わる人全員が幸せになるような世界を目指しています。