トヨタ自動車女子バスケ部のHudl活用法「選手やチームの癖ほど映像に表れやすい」
映像分析ツール『Hudl(ハドル)』は、試合や練習動画をアップロードするだけで、24時間以内にスタッツ集計やタグ付けなど詳細なデータ分析を代行。チェックしたい部分だけを抽出できる便利さもあり、世界中のスポーツチームで映像分析の一翼を担っています。
Wリーグ所属の女子バスケットボールチーム・トヨタ自動車アンテロープスもHudlを導入しているチームのひとつ。現在は、『Hudl Sportscode』(以下、スポーツコード)や『Hudl Instat』(以下、インスタット)を活用し、チームのパフォーマンス向上を図っています。
今回は、アシスタントコーチの武津祐太郎(たけつ・ゆうたろう)さん、テクニカルスタッフの千木良知春(ちぎら・ちはる)さんに、スポーツコードとインスタットの活用方法やチームへの情報共有の際に意識していることなどを伺いました。
ミスには必ず原因があり、敗戦からは多くの学びがある
ーこれまでの経歴について教えてください。
武津 学生時代はバスケ部に所属し、大学卒業後も会社員として働きながら選手を続けていました。その中で、やはりバスケを軸に生きていきたいという思いが強まり、20代半ばで会社を退職。バスケの勉強をするため渡西し、2年ほどスペインで過ごしました。帰国後、スペイン語のスキルを活かせるチームを探すなかで、様々なご縁があってアンテロープスにインターンとして入団し、現在はアシスタントコーチを務めています。
千木良 高校まではバスケ部でプレーヤーとして競技に専念し、大学入学時から分析の勉強を始めました。昨年大学を卒業し、新卒でアンテロープスに入団、現在はテクニカルスタッフを務めています。
ーお二人とも選手としてのご経験がありますが、現役時代からプレー分析などに取り組まれていたのでしょうか?
武津 コーチに渡された映像を見る程度で、分析まではしていなかったです。
千木良 私は映像を見ることもほぼなかったです。しいて言えば、自分の上手くいったプレーやチームが勝った試合だけはチェックしていました。選手あるあるです(笑)。
ー映像やデータの分析を始めてから、新たな発見や気づきなどはありましたか?
武津 選手時代には、アシスタントコーチや学生コーチがまとめてくれていた短いクリップをどこか当たり前のものだと思っていたのですが、自分が作るようになって考え方が変わりました。その数分間の映像ができるまでには、多くのゲームを視聴し、見せる順番を考えるなど、さまざまな労力が必要だったんだなと。選手として受け取っていた映像の裏側には、こうした努力があったのだと今さらながら気づかされました。
千木良 分析に取り組むようになって、ミスが起きたシーンには必ず原因があり、負けた試合からこそ多くの学びが得られることに気づきました。あとは、選手やチームの癖ほど映像に表れやすいというのも、個人的な発見の一つです。
ー現在、スポーツコードをどのように活用しているか教えてください。
千木良 主に練習映像の編集に使っています。選手のパフォーマンスにおける良い点と改善点を抽出する形で編集し、完成した映像はヘッドコーチに提出。それらの映像は練習メニューを組み立てる際に活用されています。他には、短く編集したクリップをミーティング用にまとめたり、対戦チームの選手個人に焦点を当てたスカウティング映像を作ったり。チーム強化を図る上で非常に役立っています。
ーインスタットはいかがでしょうか?
武津 特定のスキル向上を目指す選手に対して、インスタット内から参考になるシーンを探し出して、映像を提供しています。その際、特に意識しているのは、女子選手にとって実践しやすいシーンを選ぶことです。
また、選手によっても得意不得意(ワンハンド、ツーハンドなど違いも含む)があるので、その選手のプレーに比較的似ているシーンを選び、より理解しやすいように心がけています。
千木良 選手へアプローチする際、自分の主観的な意見を伝えるよりも、映像を通して具体的なイメージを提示する方が、理解度を高める上で効果があります。ですから、スキル習得を考えている選手に対しては、そのスキルに長けたプロ選手の映像を引用し「このプレーを目標にしてみよう」というような形で提示しています。
ーいつ頃からそのように活用されているのでしょうか?
武津 導入時からです。それ以前はバスケの試合を観ている中で、選手に応用できそうなプレーやシーンを見つけたときに、その試合の動画全体を保存して編集し、渡していました。
今はインスタットのおかげで、特定のシーンを検索できるようになり、それまでのように長い時間をかけて1試合丸ごと視聴しながら目的のシーンを探すことがなくなりました。バスケの試合を観ることは趣味なので苦ではありませんでしたが、探す時間や手間が省けたことは非常にありがたいです。
その数値が本当に勝敗に関与しているのかを見極める
ー選手に対してはどのようなタイミングで映像を提供しているのでしょうか?
武津 基本的に毎週土日は試合があるため、金曜日の練習前に、週末の対戦チームのクリップを共有しています。個々の選手の特徴については、水曜日までに私か千木良が動画を用意しており、試合当日までには少なくとも一度はチェックするよう伝えています。
ーチームとして選手たちに映像活用を積極的に促していると思いますが、その浸透度合いはいかがですか?
武津 浸透度合いは、選手によって異なる部分があるかと思います。対戦相手のオフェンスやディフェンス、個々の選手の特徴などは比較的見る頻度が高いですが、毎日の練習ビデオについてもより細かく見れるようになるとより良くなっていくのかなと思います。
ーチーム内で特に映像活用に長けている選手がいたら教えてください。
武津 チームを代表する選手でもある、安間(志織)と山本(麻衣)、宮下(希保)、梅木(千夏)ですかね。練習シーンやスカウティング映像をしっかりとチェックするだけでなく、逆に特定シーンの映像を求められることもあります。選手としての高い能力に加え、映像に対して真剣に向き合う姿勢が、他の選手とは一線を画す要因かもしれません。
ー映像やデータの分析内容を選手やコーチに伝えるにあたり、お二人の解釈を加えて説明されているかと思います。その際に特に意識されていることがあれば教えてください。
武津 相手チームの特徴を表す数値が、我々のチームにとってどの程度影響があるのかは意識して見ています。自分たちの強みと相手の強みが重なる部分は、それほど気にする必要はありませんが、こちらの弱みと相手の強みが重なるところは警戒すべきポイントとしてチェックしています。
あとはその数値がチームの勝敗に本当に関与しているのかを見極めることも大切です。例えば、チームとしてはオフェンスリバウンドやスティール数に注目することもありますが、オフェンスリバウンドやスティール数の多さが勝利の決め手になっているかといえば、必ずしもそうとは言い切れない試合もあります。それらが多いに越したことはないですが、分かりやすい指標に逃げないことも意識しています。
千木良 数値やビデオを分析する上で、自分なりの基準を持つようにしています。ここでいう自分なりの基準とは、細かい数字というよりも「トヨタの強み」を軸に考えています。
この軸に対して、私たちの弱みをついてくる可能性のある数字があれば着目するようにしています。
また、ヘッドコーチやアシスタントコーチに情報を共有する際、単にそのデータを伝えるだけでは不十分なので、データと共に、自分たちがどのように攻めるべきか、あるいは守るべきか、具体的な提言を盛り込んだ情報共有を心がけています。
選手自ら課題に向き合うことが成長につながる
ー昨シーズンの中で、特にチームにとって大きな改善事例があれば教えてください。
千木良 皇后杯でシャンソンVマジックと対戦した際、リバウンドを20回以上奪われて負けてしまったんです。この敗戦を機にリバウンドの重要性を再認識し、選手たちは自発的に話し合いを重ねて、リバウンドを1試合8〜9本に抑えるという目標を設定しました。
その結果、後半戦ではこの目標を達成。選手自らが課題と向き合い、具体的な目標を設定したことが、大きな成長につながったと思います。
ー最後に、今後の目標や改善点を教えてください。
武津 今後は通常のスタッツでは捉えきれない数字やデータについても、より意識的に集めていきたいです。来シーズンからWリーグは2部制に移行してより高いレベルでの戦いが始まるので、今まで以上に踏み込んだ分析をしていきたいと思います。
千木良 来シーズンは、試合や練習で発生した事象をヘッドコーチに報告する際、単に数字や映像を提示するだけでなく、状況との整合性を図りながら伝えることを心がけたいです。より良い情報共有をすることでヘッドコーチが的確な練習メニューを組み立てられるようサポートしていきたいと思います。
来シーズンからWリーグ1部では、IRS(インスタントリプレイシステム)とヘッドコーチチャレンジが導入されるようなので、ベンチの近くでコーチ陣のサポートもしていきたいです。