映像と数値が、指導者をも成長させた。桐生第一高校サッカー部
2020年の全国高校サッカー選手権群馬県大会では強豪・前橋育英高をくだすなど快進撃を続けている桐生第一高校サッカー部。ベルギーでプレーする日本代表候補の鈴木武蔵選手、ベガルタ仙台に所属する蜂須賀孝治選手などのプロサッカー選手(現在10名程度)を輩出している実力校です。
桐生第一高校OBで、元湘南ベルマーレからの期限付き移籍でスイス・スーパーリーグでプレー中の若月大和選手
着々と力をつけてきた裏側には、高校年代では珍しい映像分析を活かした指導があります。チームを率いる田野豪一監督に、映像分析が必要な理由やチームで見られた変化についてお伺いしました。
数値から、「理想のサッカー」を明確にする
Hudlを導入して大きかったのは、複数試合分セットプレーだけをまとめて分析してくれること。Hudl Assistも導入しているので、映像を送るだけで24時間以内に動画をタグ付けしレポートと共に返してくれるんです。
これまでは90分の試合をフルで見て自力で分析していたので、1試合分のデータをとるのが精一杯でした。セットプレーだけをまとめて見ることですぐに相手チームの傾向が把握できます。かなり時間は短縮できていますし、より正確なデータがとれるようになりました。
たとえば、得点の7割程度をセットプレーから生み出しているが高校に対しては綿密な分析の甲斐あり、直近2年間の得点を1点に抑えている実績があります。さらに昨年の全国選手権群馬県大会では、5年連続優勝中だった強豪・前橋育英高校に勝つことができました。
練習にタブレットを持っていき、選手に映像を見せながら指導しています。あらかじめ相手のセットプレーを抜き出しておいて、その場で「これを再現して練習してみよう」と。
グラウンドでのミーティングの様子
ポゼッション率も、重要な指針にしています。勝つ状態はボール保持率が60%あって、攻守の切り替え回数が相手を上回っている時。ボールを持っている時間が長くても、トランジション回数が(相手より)少なければ(※注)カウンターを食らって負けているということなんですよね。
(※注:Hudl内のトランジションはそれぞれのチームの守備→攻撃の回数をカウント。桐生第一のトランジションが相手より少ない、というのは相手の方が守→攻の回数が多かったという意)
試合が終わると、ポゼッション率の結果は選手に必ず共有します。ポゼッション率だけで勝敗が決まるわけではありませんが、「ポゼッションを重視するチームだ」と浸透させるためにも伝えるようにしています。
「アタッキングサードでのパスの本数」を図で示してくれるレポートも役立っています。シュートが決まっている時は、相手のゴール付近でのボール回しが多い。「なんとなく」の自分たちの感覚が客観的なデータを選手に提示すると、説得力も増します。図でわかりやすく可視化されていて、選手も理解しやすいと感じています。
パス本数を可視化したレポート例
「自分たちが勝っている状態」を映像と数値から明確に定義できていることは、チームとしての自信にも繋がります。例え負けたとしても、自分たちが理想としているサッカーをした上で負けたのか、自分たちのサッカーができずに負けたのかがはっきりします。選手も指導者も、お互いに納得して次の試合に向けて準備できると感じています。
プレーが悪かった理由を、生徒が客観的に理解できるように
選手には、自分の振り返りとして週に一度サッカーノートを書いてもらっています。Hudlを導入し生徒もスマホで手軽に映像を見れるようになってから、かなり変わりましたね。
「僕はこのプレーで、こうなっているから先生に怒られたんだ」などと、主観的な感想だけでなく客観的に見てわかったことを書いてくれるようになりました。何がいけなくて怒られたのかが、映像を見てわかるようになったという声が多いです。指導する側からしてもコミュニケーションがとりやすくなりました。最近は「(映像が)アップされていないのでノートが書けません」と言われることもあって、むしろ焦らされています(笑)。
戦術理解の高さも、桐生第一の強みとしていきたいと思っています。僕が試合中にフォーメーションを変更することも多いのですが、映像を見る習慣ができているのでスムーズです。その場でフォーメーションの映像を共有して、選手に一発でイメージしてもらえます。Hudlは直接映像に書き込むこともできますよね。まだそこまで活用しきれていないのですが、指導側としても選手が理解しやすいように工夫していきたいと考えています。
指導中の田野監督
Hudl Assistを使うと、映像を送信するだけで分析してくれるので、シンプルに仕事に時間が割けるようになりました。本業は教員なので、授業が終わっても準備などをする必要があります。仕事を削らなくてよくなったのは大きいですね。
コーチ同士でも、トップチームの試合を共有して見る習慣ができました。部員数が多くA〜Cチームと3チームに分かれています。その中でもトップチームのサッカーをベースにディスカッションをして、ひとつのチームとして一貫した方向性を定められています。
必要なのは指導者側の意識改革。主観と客観を交えて指導できる力を
大学生や社会人、プロチームでは映像分析が当たり前になりつつあります。でも育成年代では指導者自身に映像を見る習慣があまりありません。自分が見ていたとしても、選手には共有しないといったケースも見受けられます。僕が着任する前は、桐生第一に分析に興味があるコーチはほとんどいなかったですね。指導側の意識を、もっと変えていく必要があると感じています。
私自身は、大学時代のゼミでスポーツパフォーマンス向上を目的としたデータ分析を行なっていました。視覚的なデータを活かせば選手はどのように成長できるのか、など。少し視点は違いますが、スポーツ映像分析の効果は絶大だという実感があります。分析すること自体が得意なことも、指導者としては功を奏しているなと。
一度実際に見せて、体感してもらえるとかなり違うと思います。コーチ陣も、映像分析ソフトを利用するメリットをわかっていないんです。1試合データをとらせてもらって、ポゼッションのレポートを見せるだけでもイメージが変わるのではないかと。
個人的には、育成年代では個を伸ばす文化ができたら面白いと思いますね。そこに合わせて、個人別にタグ付けできたり。中学生世代でも、自分のプレー映像には興味があると思いますし、最初のとっかかりとしては良いのかなと。
これからはますます映像技術の発達が加速していくと思います。試合中にAIカメラが分析をして、ハーフタイムにはもう分析レポートが出てくる。なんなら後半をどう戦うべきなのかアドバイスまでしてくれるようになるかもしれません。監督という仕事自体、AIが行なうようになったりして。そういう世界が訪れるのも時間の問題だと思います。
だから指導者も頑張らないと。主観や肌感覚も大切にしつつ、客観的なデータを交えて考えらえるようにならないと置いていかれてしまうと思います。育成年代でも映像分析を活かした指導が根付いていくことを期待しています。